僥倖な話  …丸谷才一さん①… (湘南 安西美津子)

 芥川賞選考のニュースが流れると、丸谷才一先生のことを想い出す。先生は電話番号が公表されていなかったので、講演の依頼状に返信葉書を添えて郵送したところ、「やってもいいですよ。1130から12時の間に○○○ -○○○○に電話をください」と返信葉書が戻ってきた。職員2人に「1130分になったら声をかけて」と叫んでおき、1135分に電話した。直接丸谷先生が出られてビックリ。こうして引き受けていただいたのを初めに、大阪、札幌、高松とお願いした。
 丸谷先生はグルメでいらして、大阪では、名店『カハラ』でお相伴にあずかった。
 札幌へは寝台列車を用意し、私は飛行機で先乗りして札幌でお迎えし、当たり前だが、帰りは私が飛行機で帰り、寝台列車でお帰りになった丸谷先生をお迎えした。とにかく飛行機がお嫌いだった。当時寝台列車の予約を取るのは大変なことで、チケットセンターの職員には随分と苦労をかけた。元研修所講師の立場を利用し、ほぼ脅さんばかりにその元教え子に頼み込んだのだから。
 高松の折には往復同行した。新幹線で岡山経由入ったのだが、岡山の『魚正』という旧知の寿司屋で夕食をとのご希望があり、広報室長共々お相伴をした。旧知のご主人は既に亡くなり、娘さんが後を継いでおられ、「女の寿司屋は珍しい、名を傷つけないように」と励ましておられた。『魚正』ではお土産用に太巻きを作っており、それを見た丸谷先生、「あれを2本持って帰ってホテルで二次会をやろう」とおっしゃり、ホテルでは高松支店長も交えて、二次会で太巻きを食べまくった。
 高松支店長は単身赴任であった。高松は各企業の支店の多い県庁所在地で、高級管理職専用の単身者マンションがある。どのマンションも女性同伴は禁止となっており、違反すると退去させられるとのことで、時々「○○様は退去されました」というお知らせが玄関ホールに掲示されるという話を面白おかしくされ、座を賑わせていた。この話は、後日丸谷先生のベストセラー『女ざかり』の中で、女主人公の母親が出席した結婚披露宴での話題としてそっくり取り上げられている。付け加えると、安西姓を偏屈な新聞編集委員に使われている。ということがあったからか、『女ざかり』の出版記念パーティーにはY元高松支店長共々ご招待いただいた。
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 筆者の安西さんが現役時代に担当された仕事の一つに『JTB旅行文化講演会』があります。その時講師にお招きした著名な方々とのエピソードを、今後何回かに分けてご紹介します(不定期)。