昭和56年(1981年)に発足した菊の会は、本年3月の臨時例会にて活動を休止することになりました。そこで、代表の宮嶋恂さんがまとめた「菊の会の終生」を2回に分けてご紹介します。
菊の会の終生(前編)
 私達が楽しんだ「菊の会」は、昭和56年に当時の交通公社トラベランド興業の社員と現役先輩の有志㉘名によって「JTB東京菊花会」として出発し、昭和63年5月にBOB会関東支部同好会の一つとして再出発いたしました。
 BOB会では「菊花展」を開催することになり、菊花を飾り付ける用具や展示の場所について、先輩方がいろいろ考え、四方八方手を尽くして苦労された結果、平成元年には観ていただいても恥ずかしくない立派な飾り棚ができあがり、また場所についても、個所長と話し合い、最初の開催場所は日本橋支店となりました。「菊花展」は毎年⒒月に開催するので、菊の会も展示・鑑賞例会として運用することにいたしました。
 平成4年には、こんなに綺麗に飾ってお客様にもお目にかけられるならばと、菊の会創設者、JTB社長はじめ、関連会社・団体の役員の方々からトロフィーを寄贈されました。「せっかくなので、本社ビルでの開催はどうか」との声が上がって、本社内支店(後の丸の内本店)のお客様スペースをお借りして開催しました。
その後平成⒘年には、トラベランドが池袋の事務センタービルの一部に移り、「菊花展」の場所も同ビル入口ロビーに変わりました。スペースがかなり広く、飾り棚にはより相応しい飾り付けができるようになりました。また、例によってトロフィーを増やすお気遣いもいただきました。
菊の会の終生(後編)
 平成20年には、信濃町の社員クラブが廃止され、その建物がBOB会館となって、関東支部の活動場ともなりました。ここは結婚式場としても利用され、社員の方々の甘いカップルが将来を誓っておりました。
この会館での「菊花展」は、狭いながらも入口廊下にいくらかゆとりがありましたので、どうにか飾り付けができ、少しでも菊花が引き立つようにと背後によしずを取り付けてみました。また、例によってトロフィーを増やすお気遣いもいただきました。 
 平成23年には、池袋のビルの呼称がJTB南池袋ビルとなって、いろいろな部署が集まりました。BOB会本部・関東支部もこちらに移転し、「菊花展」の場所もまたこちらに戻りました。
平成㉗年頃になると、様々な事情でメンバーが減って、飾り付けも寂しくなってきました。各人が持ち寄る菊花の本数も少なくなり、飾り棚の設営にも苦労しました。
 令和元年には、この周辺の再開発でビル全体が対象になるとのことで、BOB会は上野御徒町の現在のビルに移ることになりました。「菊花展」にかかる用具類は、メンバー全員で荷造りし、荷物の個数を池袋と天王洲の発着共にチェックして無事に移し終えました。
 その年は「BOB会作品展・菊花展」はJTB本社天王洲ビルで開催することになりました。しかし、この頃から新型コロナの感染が広がり、作品展も実開催ではなく、ホームページ上での開催に変更となりました。菊の会としても「菊花展」はできず、わずかな本数で作品展に出品する形となりました。ホームページにはこんなふうに掲載されました。
 そして、昨年末の第5回例会と今年3月の臨時例会で話し合いをした結果、菊の会のメンバー数や出品できる菊花の本数などの状況から、ホームページに「一年を振り返って」、「臨時例会のあらまし」として詳しく掲載したとおり、本年令和6年をもって、同好会活動を取り止めることにしました。
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