生き生きと生きる人生の終章
さきたま 小菅 恒雄
昨年10月コロナに感染し、肺炎を併発。救急車で搬送された病院で死を宣告されましたが、九死に一生を得て生還。わずか10日間の入院で極端に体力が低下し、一時歩行も困難な状態でしたが、現在、毎日5千歩のウォーキングと週3回のスポーツジム通いを続け、体力回復の途上にあります。ただ、この際、会いたい人には会っておこうと思い立ち、昨年重度のガンを克服した妻を伴って5月の連休明けに、いずれも40年余りの親交を続けたKさん夫妻の住む屋久島と、JTB団旅東京中央支店時代の旧友Mさんの郷里・高知への旅行を計画しました。
Kさんは私の母校の体育教師を辞め屋久島へ移住。今は古希に近い年齢ながら、小中学生に水泳指導を行い、連日15mの紺碧の海を素潜りで遊泳する逞(たくま)しい海の男で、相変わらず健在でした。しかし、Mさんとは1年前から高知で会う約束でしたが、旅行出発直前に訃報が入り、彼の実家で遺影と対面することになってしまいました。
支部だよりには、毎号懐かしい方々の訃報が掲載され、今さらながら今昔の感を禁じ得ません。JTB在籍期間、そして旅行会社を起こしてからそれぞれ34年、通算68年、旅行業務に携われた幸せを噛みしめつつ、今後も生き生きと過ごしたいと願う今日この頃です。

屋久島にて(樹齢3,000年の紀元杉)
